横浜市金沢区の様々な遺品整理体験など感想をまとめました

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今回は下記に横浜市金沢区の様々な遺品整理体験など感想をまとめました

横浜市金沢区の遺品整理に伴う片付けの感想・1

この間の女子会で一番の話題は、なんと遺品整理!でした。
親のじゃないですよ。
自分のです。
独身のままアラフィフにもなると、自分の老後や死後のことも色々考えてしまうのですよ。

女子会と呼ぶには、いささか大人過ぎの私たちですが、外見は若く保っているつもりでおります。
見た目だけなら、30代でもいけるなんて言われちゃってます。
だが!しかし!やっぱり50も目前!!老後は目の前なのですよ。

独身のままの老いは、まず老人ホームの確保。
次に、各種保険への加入。
その次は、お墓の事前購入。
その後はとうとう…遺品整理の依頼の用意です。
女子会での同志によると、なんでも遺品整理を請負ってくれる業者があるらしいのです。
仕事も丁寧らしいですし、故人を冒涜するようなことも無い、本当にプロの方々だそう。
その同志は、先日叔父様の遺品の片付けを依頼したそうです。

お墓までは考えてたんですが、遺品のことは盲点でしたよ。
でも確かに、アレもコレも身内にも友人にも見せられない!独身アラフィフともなると、絶対見せてなるものかって感じのものが多数あります。

女子会では、遺品ネットワークを作りました。
もしものときは、業者を呼んでくれるように、お互いにお金を預けあって約束することにしたんです。
うーん。
これで、一応は安心かな…?

横浜市金沢区の遺品整理に関する色々な感想・2

先日、30年来の友人が死んだ。
友人一同で葬式を出して、遺品整理も業者に依頼して俺が立ち会った。

あいつは、面白い奴だったけど、努力が嫌いで社会に馴染めない奴だった。
40過ぎて独身で、定職にも就いていなかった友人は、5年前までは実家に住んでいた。
5年前の奴の誕生日の翌日、親から家を出て行くように言われたらしい。
アパートを借りて一人暮らしをする支度金だけは、親が出したみたいだった。

それから、5年。
奴は駄目なりに頑張っていたと思う。
仕事は日雇いばかりだったし、念願だった彼女もできなかったけど、一度も実家に頼らないで生活していた。
でも、今思うと、それが逆に良くなかったのかもしれない。
無理が祟って自宅で倒れて、そのまま…。
まだ若かったのに、心筋梗塞だった。

あいつの遺品整理に立ち会ったときのことは、生涯忘れないと思う。
あいつの荷物は悲しくなるくらい少なかった。
5年前からほとんど増えていないように見えた。
遺品整理の業者が、本当にいいのか確認してくるような量だった。
でも、一社会人として生きて、一社会人として死んだあいつを、ちゃんとしたかたちで送ってやりたくて業者に頭を下げた。

ぼろぼろに悲しんでいる両親にも、長い付き合いの友人にも、あいつは自分の後始末をされたくなかっただろうから、業者の方々には本当に感謝している。
悲しいことだったけれど、哀れな最後にはならなくて済んだような気がしている。

横浜市金沢区の遺品整理関連で見た様々な感想・3

最近、とても関心したことは、業者による遺品整理のサービスです。
若い頃に大学教授だった伯父が亡くなり、生涯独身だった伯父の自宅の片付けを私が頼まれました。
自宅に到着して、まず膨大な量の蔵書に途方に暮れました。
本当に物凄い量の本でしたし、本以外にも良く分からない荷物が大量にありました。

一緒に頼まれていた弟と、一旦自宅に帰って相談することにしました。
対策を練らないと、どうにもならないと思ったからです。
その相談の結果、弟がネットで見付けた、遺品整理の業者さんに依頼することにしたのでした。

遺品整理当日、あらかじめ決めた待ち合わせ場所で業者の方と落ち合い、伯父の自宅へ向かいました。
伯父の家は、初めてではとても辿り着けないような入り組んだ路地の奥にあるため、案内が必要だったのです。

自宅に着き、大量の蔵書と荷物を見たとき、業者の方の反応が気になって横目で見ていたのですが、全く動揺を表していらっしゃらなかったです。
さすが、プロです。
たとえ内心、ウンザリしていたとしても、顔には出さないでいてくださったので、安心してお任せすることができました。

さすがに量が多かったので数日かかりましたが、無事すべての遺品が片付いたときは、業者さんが神様に見えました。
迅速、丁寧、心のこもった動作、素晴らしかったです。
これからも、もしものときは同じかたにお願いしたいと思いました。

横浜市金沢区の遺品整理行った上での感想・4

去年は、うちが管理する物件で3件の孤独死がありました。
うち2件は、なんとか身内に連絡が付き、指定の日時までに荷物を全て出してもらえました。
厄介だったのが、残りの1件です。
連絡はつくにはついたのですが、「そんな爺さんは縁を切った。
うちには関係無い」と言われてしまいました。
結局、私が自腹で遺品整理を依頼することになってしまいました。

確かに故人はかなり難しい性格のかただったと思います。
家賃を何度も滞納していながら、毎日パチンコ屋に入り浸ったりという困った人でした。
アパートでのトラブルも絶えず、なかなか隣人が居付かないほどでした。
しかし、ここ数年は気の合う隣人に恵まれたこともあって、比較的大人しく過ごしていました。

問題の故人と上手く付き合ってくれた隣人のかたは、40代のお父さんと9歳の女の子の父子家庭だったのですが、故人はこの女の子をまるで孫のように可愛がっていたようです。
女の子も故人をおじいちゃんと呼んで、慕っていたようでした。

遺品整理の途中で、業者のかたが見付けてくださった写真には、若い頃の故人と小さな女の子が写っていました。
故人の娘さんとの写真だったようです。
大切そうにしまわれていたその写真を、唯一連絡の取れたご家族に渡そうと思ったのですが、捨ててくれとのことでした。
捨てるのも忍びなく悩んでいると、隣人のかたが引き取ってくださいました。
いつか、ご家族に渡せるかもしれないからと。

遺品整理とは、亡くなったかたの人生をなぞる仕事なのだなと感じました。
業者のかたの丁寧な仕事のお陰で、故人の大切なものが無くなってしまわなくて良かったと思いました。

横浜市金沢区の遺品整理に伴う様々な作業の感想・5

先日、知人のおじい様が亡くなり、生まれて初めて業者による遺品整理というものに立会いました。
通常だと、お身内の方々が遺品整理を行うのだと思いますが、知人のおじい様ご本人のご希望だったようです。

おじい様には私も面識があったのですが、ちょっとしたイタズラが好きな、とても楽しいかたで私も大好きでした。
晩年には、よく寝込まれることも多かったのですが、度々死んだ振りなどをなさって皆を驚かしていらっしゃいました。
本当に迫真の演技で、孫である知人は「洒落にならない」と、よく怒っていました。

そういった経緯があったものですから、おじい様がお亡くなりになったと聞いたときは、またいつもの冗談かと思ったくらいでした。

遺品整理を、お身内の方々には頼まず業者の指定までしていたことで、皆さん少し寂しいお気持ちになったようでした。
知人も自分に任せてほしかったと、こぼしていましたが、私にはおじい様のお気持ちが少し分かるような気がしました。

おじい様は、最後まで元気な楽しいおじいちゃんでいたかったのではないかと思います。
自分の手の内は、親しいものには晒さず、きれいに旅立ちたかったのではないでしょうか?私がそう言うと、知人は少し泣いてしまったようでした。
おじい様の尊厳を守ってくださった業者のかたには、今度知人と共に改めて御礼を言いに伺おうかと思っております。

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